カテゴリ:journey( 10 )
飄然台湾
タイにいきたい。タイにいきたい。タイにいきたい。
しかしなぜか台湾に行ってきた。
旅のルールとしては、
①人と話をしないこと(猫と絡んでもらいないさい)
②どこかに行こうとしないこと
③ひたすら怠け呆けること
④なんの話のネタにもならない“旅行”とはいえない旅行にすること
こんなルールをかかげたからか、おもしろくなく、つまらなくもない日々となった。

夏休みを終え、会社の電話をとる。
気味の悪い程に明るく清らかでイノセントな自分の声のトーンに驚き、「あぁ、私は台湾ですっかりリフレッシュとやらをしてきたのだな。」「すっかりぱっきりと“旅行”というものをしてきたのだな!ムフフフフ。」と、紙風船が宙を舞うような、リトマス試験紙の色が変わっていくような速度でじんわりじわじわと、飄然台湾旅の思いが膨れ上がるのだった。
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by namazucco | 2013-08-19 01:17 | journey | Comments(0)
息苦しいからどっか行きたい
c0131999_3585447.jpg旅についての日記の書き出しなんか「ぼくが旅に出る理由はだいたい100コくらいあって〜♪」だろう?だけど残念。もう僕はそんな事を言わないよ。とても大好きな歌だけどね。って、そんなことではなくて...数年前の旅行の写真を見ている。
そろそろ旅行へ行きたい。だので、いってきます。
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by namazucco | 2013-08-08 04:03 | journey | Comments(0)
【タイ旅行】奇々怪々祭ソンクラン3
まだまだ地獄は続いた。なんでってこの祭は3日も続く。
正直一刻も早くチェンマイを出たかった。しかしそれは無理なようであった。なぜならチェンマイから脱出するためのバス停、鉄道駅に行くには激戦区のチェンマイゲートを通らなければならなかったし、違う道を行った所で余計にびしょ濡れになってしまうかもしれない。乗り合いタクシーに乗ったって窓の隙間、乗るドアから奴らは容赦なく水をかけてくる。カメラとフィルムが入ったリュックに水をかけられたりしたのでは、それこそ旅行がつまらなくなってしまう。だから私はチェンマイから出るのを諦めた。
1日目2日目はなるべく大きな通りに出ずカフェで無駄に読書したり、マッサージに行ったり、普段の旅行では入る事のない屋台でないちゃんとしたレストランで飯を食べたり、また安全な寺で読書したり、早朝に起きて旧市街から抜け出し都会のエステなどに行ったり、夕方争いが落ち着いた頃のナイトバザールに行ってみたりとなるべくソンクランとは関係のない行動をした。しかし腹一杯幸福感に満たされ外に出た所子供達に水鉄砲で襲われる。「わぁ!産まれて間もない赤子のように私ったらピュアだわ!」とすっきりしてエステから出て数歩の所で大家族にバケツで水を浴びせられる等して私がいくらソンクランと関係のない旅行を切望しても、ソンクランからは逃げられない。
それでもまた逃げ隠れるように細くて人通りの少ない道を歩いていた。そうするとまた5,6人の集団に水をかけられる。もちろん、私は全身ずぶ濡れ。水をかけられた瞬間、ほとんどの場合「ふぎゃぁ!」と叫んでみたり、「んじゃこりゃー!」と怒ってみたりとなかなかのリアクションを披露していたのだが今回は違った。私の中のなにかが弾けた。弾けたというか、静かに、しかし一瞬で私の中のものが爆発した。何も言葉も発さず、顔にも動作にも表さず、ただ黙って集団1人からバケツを奪い取り上げ水ストック巨大バケツから水をすくい彼らに水をぶちまけた。ん?なんか気持ちいい。「ええい、くらえ!」などと叫びながら何度も彼らに水をかけたりかけられたりしていると、あら不思議、何か悪いものが浄化していくように最高に気持ちよい。ん?なにかおかしい?今更気付くの遅いけど、これはバケツで手榴弾でも爆弾でもないし、あれはピストルではなくただの水鉄砲。戦争ではない。これはただの祭だ。楽しい、楽しいよ。ありがとうおばはん。そうだね祭だね。祭だ祭だわっしょーい!
頑なにソンクランを拒否していた私だったが、一度味を知ってしまったらやめられなくなり私はタイ人家族に混ざりひたすら通行人、車、バイク、乗り合いタクシーに乗ってる窓の隙間を狙い水をかけまくった。そういえば、私はまだチェンマイでもっとも激しい水かけ激戦区のチェンマイゲートを体験してない。明日の最終日はせっかくなのでチェンマイゲートの激しい祭騒ぎも体験しておこうと思い、大変世話になったタイ人家族らに別れをつげ、その日は宿に帰った。

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そして最終日、旧市街はずれを散歩した後、ハードコアのライブ会場に向かうような心持ちで決意をしてチェンマイゲートに向かった。しかし私はひどい方向音痴だった。地図は持っていない。何故かまったく人にすれ違わない。やっとこ道で出会った人に聞き、なんとかチェンマイゲート付近の大通りに出る。あまりの激しさに唖然とそれらを眺める。地獄絵図?目は見開いて、口はあんぐり開いていたと思う。
そのようにあんぐりしていると、太って、ゲラゲラ笑いながら近づいてくるおばちゃま。一緒にソンクラン楽しみましょー!と言うのでおばちゃんと一緒にひたすら通行人に水をかけまくった。おばちゃんは屋台の人だった。おばちゃんの息子というそりゃあ怪しい人とスウェーデンから、カナダから、イングランドからの旅行客にビールとコーラとスプライトを奢ってもらった。みんな日本の津波のことを心配してくれた。私はスウェーデンのことも、カナダのこともよく知らない。イングランドについてはバンドを幾つか知ってるけどあんまり詳しくもないので結局イングランドについても知らない。しかしみんな日本のことをよく知っていて、いろいろ逆に教えられたりした。スウェーデン人が「日本人は働き過ぎだ。クレイジーだ。休日も嫌々ボスらとゴルフに行くというのは本当か?狂ってる。とにかくクレイジーだ」という言葉に日本人の私だが激しく同意した。
その後、水をぶちまけたり、旅行者と話をしたりしてたら怪しい人達がぞくぞくと集まって来て、でもみんなおもしろいしやさしくて楽しい。ちょうど日が暮れて暗くなった頃、沼から這い上がった妖怪のようにびしょ濡れの体で宿に帰った。
後で聞いたのだけど、ソンクランは年内で一番死者が多い日だそう。バイクや車に大量の水をかけるし、大量の酒を呑んで飲酒運転したり、川に入っておぼれたりと毎年死人がたくさんでる。だけどタイの人らはソンクランをやめない。特に気をつけたりもしない。理由は「だって楽しいんだもん!」ということ。あぁ、私はこんなタイが好きだなーと思う。同時に、自分の中のどうしょもない偏見と習慣にうんざりして、私は日本で行きていく事しかできないなとも思う。いろいろ楽しかったが一人ではなく誰か一緒に旅したいと初めて思ったのだった。

ソンクラン心のBGMはIggy Pop - Search And Destroy (YOU TUBE)

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by namazucco | 2011-08-12 10:23 | journey | Comments(0)
【タイ旅行】奇々怪々祭ソンクラン2
2時間ほど眠っただろうか。なんとなく起きて、「あぁそうか。今日はあのおばはんが言ってたソンクランってやつか。ところでソンクランってなんなの?ふーん。旧正月なのね。水かけ祭りなのね。ふーん。」とガイドブックを斜め読みして町へ出る。
宿を出て数歩歩いた所で子供に出会う。コップに入れられた水を指でデコピンするようにはじいて何滴か水をかけられる。ひゃあ冷たい。これがソンクランですか。なかなか風流?ですな等と思う。
少し大きい通りに出るとソンクランパレード真っ最中であった。それぞれの寺、学校、ホテル等、で多種多様な衣装に音楽にパフォーマンス。馬に乗った王子のような人、派手な衣装で踊ってる人、神輿でかつがれた仏像達に道路脇に並んだ私たち見物人が水をかける。よく聞くとみんな「HAPPY NEW YEAR」と言いながら水をかけている。タイ版エレクトリックパレード、なかなかトラディショナル?ですなとテキトーに思う。最後の一行が過ぎ去りパレードが終わる。「うん。まぁ良かった。さてどこに行こう」と歩き出そうとし、町の変化に気付いた。なんか妙だ。なんかおかしい。
さきほどまでパレードを見てへらへら水をかけていたただの見物人が急に走り回り、隠れたり、大声を上げたり、悲鳴を上げたりしながら水をかけあいだした。「な、なんだこれは?!」と驚き何も出来ずにいると、まぁびっくりな事態。なんと丸腰のいたいけなロンリー日本人女性旅行客の私にカラフルな水鉄砲を向けてきやがった。殺されると思い、いままでこんなに駿足に動けたことがあっただろうか?と思うほどの速さで屋台裏に逃げ隠れる。先ほどの驚愕の出来事を処理できないまま、街の様子を観察。背中に巨大水タンクが付いてるカラフルな水鉄砲振り回して水を発射し、走りながら高笑いを響かせている異常な奴らがうようよ。道のすみに隠れて、目の前を通り過ぎる通行人に巨大バケツで水を浴びせかける奴らがうようよ。ひどい奴は車の荷台に数人で乗り込み巨大バケツから数人でイッセイにターゲットめがけてバケツで水を浴びさせる集団がたくさん。

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これは戦争だ。ん?戦争じゃないけど戦争のようなものだ。そう思った。カラフル水鉄砲はピストルで、バケツは手榴弾。車の荷台に乗っての攻撃は戦車から大砲をうつような感じだ。街の人々の様子をみているとみんな実に楽しそうだった。しかし私にはただただおぞましい光景にしか見えず、笑い合って戦争ごっこのようなものをしている人達が心底信じられなかった。タイ人はいたずらっぽく無邪気な笑顔で水を掛け合い、白人観光客は不敵な笑みを浮かべ「YES!YES!YES!」と雄叫びながらカラフルなピストルを撃つ様はどんな戦争映画よりも怖かった。私がこの祭りを楽しめないのは、友達のいないロンリーな観光客だからか?真面目で争い嫌いな阿呆な日本人だからか?
とにかく私は数分で“この祭は私はどうも楽しめなさそうだ”と思い、細い小道を歩くぶんには安全で水もかけられることもないだろうと判断し、屋台裏から気配を消しゆっくりと小道に入った。
ふんふん。やはり大通りと違って歩きやすいわい! などと思いながら歩くとさっそく大きなバケツと水鉄砲を持った人達。どうやらゲストハウスのオーナーやその家族と客らしく、一瞬ひやりとしたが私が『水かけないでね〜』というボディーアクション、相手方は『うん!わかってるよ。君は一人だものね。そんなに僕たちは悪い奴じゃないぜ』というようなことを言っていて、『人間、話せばわかるのだ。非暴力だよ人生は』などと思いながら安心してそれらの前を通り過ぎる。しかし信じた私がバカだった。私が安心して先を歩いている所、デカイ男と子供合わせて6人が気配を消しながら私の背後に忍び寄り不意打ちに、頭の真上から、ケツの真後ろから一声にバケツ5,6杯の爆弾をうける。私は一瞬で死にました。なんたる屈辱。25歳にもなった不細工な女が旅先で頭からバケツで水をかぶせられるとはなんということだ。こんなものは日本では出川哲朗や上島竜兵などがリアクションで笑われるためにされることで、なんで休息の旅行先でこんな目に合わなければならないのだろう。「お母さんお父さんごめんなさい」とあやまりたくなり。とにかく情けなかった。そしてただバンコク駅窓口のおばはんを恨まずにはいられなかった。
そしてまだつづく...

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動画でソンクランのクレイジーっぷりをどうぞ!
Songkran Water Festival(YOU TUBE ※音注意)
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by namazucco | 2011-08-07 03:56 | journey | Comments(0)
【タイ旅行】奇々怪々祭ソンクラン1
タイの首都バンコクでチェンマイ行きの夜行列車のチケットを購入しようとしていた。私は電車が好きだ。もちろん鉄道マニアではないし、なんの知識もないのだが。兎に角電車が好きなんだ。窓の景色が変わっていく様をみているのは飽きないし、なんといっても電車に乗っている時が一番「あぁ私旅してるのね」と思える。
というわけで、私は首都バンコクの鉄道駅窓口で哀れなことこの上ないブロークンイングリッシュでチェンマイ行きの夜行列車のチケットを購入しようとしていた。しかしなんということだろう。今日も明日も列車のチケットは満席だと。席がとれるのは明後日以降だと。
私は一瞬戸惑ったが、別に焦るような旅行ではないので「ほんなら明後日のチケットを購入します。」と伝える。窓口のおばはんは「明日からはタイで最も盛り上がるソンクランフェスティバルダヨ!チェンマイが一番盛んなんダヨ! ユーノー? チェンマイでのソンクランはぜったい体験しておいたほうがいい!バスで行ったらいいジャン!」とやや怒りながら教えてくれた。しかし私はバスはあまり好きじゃないし、とにかく電車に乗りたかった。電車でないと、電車でないと、電車でないと意味がなんだ!つまらないんだ!ぜったいぜったい電車に乗るんだー!!という断固たる決意をし「チェンマイへは明後日の夜行列車で行きます。アイ ヘイト バス! アイ ラブ トレイン!」というような事を言った。そんならみるみるうちにおばはんの顔が仏像のように怖くなり、「明後日の列車に乗ってもあんたがチェンマイに着くのは明々後日の朝。ソンクラン終わっテル!せっかくのソンクラン。タイ人でもなかなかできない体験を無駄にするなんて、ほんとあんたは阿呆だ。ロクデナシだ。生きる価値もない。もう知らん」とそんなに怒る事ないじゃ〜ん。と泣きそうになるくらい責め立てられた。そしてすこし間を置いてから、今度は聖母マリアのように神々しく、そして優しく「バンコクへ帰る時に電車に乗ればいいジャナイ」とおばはんは言った。
私はおばはんの脅迫に似たよな荒々しいタイ英語と最後の優しい言葉に押し倒され、あっさりとバスのチケットを購入し、バスでチェンマイに向かうことに決めた。

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次の日の朝、私は無事にチェンマイの町に到着した。
まず私がしなくてはいけないことは宿探しである。5年前に泊まったゲストハウスの前まで来てみたが見事に潰れていた。ポカーン。しかしまぁ、ゲストハウスなんてうじゃうじゃあるし、と前向きにそこいらのゲストハウスを訪ねてみると空室なし。また、違うゲストハウスを訪ねると空室なし。そしてその次も。
ゲストハウスのオーナーらしき人はみんな言う。「ごめん。部屋空いてないの〜。ソンクランだから〜」。幾つかゲストハウスを回ってもすべてNO! すれ違うヒッピーみたいな白人のおじさまにはあざけ笑いながら「グット ラック!」と言われる始末。昨日の駅窓口のおばはんを心の底から恨む。そして想像する。路上で寝ている私。狂犬にかみ殺される私。怖い人達に引きずり回され、殴られ、髪をむしられ、ナイフで首を切られた後、川に流される私を。
結局十何軒目かでやっと空室のあるゲストハウスにたどり着く。オー!ジーザス!!部屋を見せてもらうと監獄のようなまったく光のはいらない部屋と、映画SAWに出てくるような風呂トイレ付きの部屋。しかしもうこれ以上宿を探す気力がまったくなかった。半ヤケクソ状態で密室殺人監獄部屋に決めた。
宿が決まったという安心感。しかし部屋には大量の蚊。そして蚊。んでもって蚊。これはさすがにキツいと思い、大量の蚊を殺すべく、宿のオーナーに借りた殺虫剤を部屋に巻き散らかし、大量の蚊を殺した。窓がないもんだから部屋はあっという間に白くなり、目が酷く痛くなり、息が苦しくなり、そして気分が悪くなり、一刻も早く部屋から抜け出さなければと思ったのだが、バスではちょっとした事件がありぜんぜん眠れなかった上に長い時間重い荷物を持っての宿探しに疲れていた私は倒れ込むように眠った。

本当に今更すぎてこいつ阿呆なんでは?と思われるであろう。しかし書きたかったタイ旅行の事。
写真fotologueにアップしています。
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by namazucco | 2011-07-16 23:09 | journey | Comments(0)
かおるみなと大都会
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社員旅行で香港に。
ずっと寝ていなかったので少量の酒で珍しく酔っ払い社長の次にえらい人に「ヘドロみたいな色の服ですね」と失言してまったこともあった。マッサージ屋でものすごい放屁をかましてしまい、ドリフみたいな1シーンになってしまったので私は最後まで寝たフリを決め込んだりなんてこともあった。ちんちん電車みたいなのに乗ったら寝てしまい起きたら日が暮れていて、まったく訳のわからん田舎道をひとりとぼとぼ彷徨ったりしてたら一日終わってしまったこともあった。
年明けてからこの旅行のために想像を絶する激務。旅行の為にこんな生活するぐらいだったら旅行なんか行きたくねーよと同期の子と毒吐いたりしていたが、行けてよかったと今になって思う。
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by namazucco | 2009-03-09 03:18 | journey | Comments(4)
07 FEB 2008-02
私の精神状態はズタボロであった。夕方、荷物を預けてあるゲストハウスに戻ると日本人女性が一人、ゲストハウスのボスになにやらいろいろと質問している。「どうも」とだけ日本語で挨拶。やっぱり日本人がいるってだけで安心する。さて、もうそろそろ列車の時間だし、一服だけして参りますか。とタバコに火をつけ一口吸った。するとすごい形相でくるりとその日本人女性が私を睨みつけた間約12秒間。その女性は阿修羅のような、はたまた少女が生まれて初めて男性器を見て困惑し驚いているような、憎悪と驚異と失笑のようななんとも形容しがたい表情で私を睨んだ。
「私アレルギーなんです、やめてください!!!!」
本当に本気で死のうと思いました。私はなんて人間なんだと。もうすっかり落ち込んで、私の旅は闇に包まれた。

「私なんて生まれてこなければよかった。」とすっかり落ち込みながら、とぼとぼと駅に向かう。もう私は誰とも関わらない。そう決めた。
バラナシ行きの列車は2時間も遅れているみたいだ。階段に座りながらホームにいるたくさんの人を眺めていた。この時期デリーも朝夜は3度近くまで温度が下がるというのに裸にピンクのタオルを一枚だけ腰に巻いた、骸骨みたいに痩せた男性がお金を求めていた。初めて見たけど、お金を求めた相手は全員インド人にだった。ブルブルと震えて、立っているのがやっとなようだった。どの人もみんな目さえ会わせようとしない。男性がお金をくれと手を近づけるとそれを怪訝な顔ではたく人もいた。私は遠くからその姿をみて、なんだか直感的にこれがカースト制度というものなのかもしれない。となんの根拠もなく思った。また、花売りの子どもや金をくれとやってくる人に対し、私もあのような態度なのだろうか?そう思うととてもやるせない。

やっと列車が到着する。寝台列車の一番下のクラスなので暖房も毛布もない上に私のシート側の窓が割れており、寒い風が入って来る。阿呆の私以外は寝袋だったり、毛布だったりをちゃんと持参しているようだ。
我慢してどうにか寝ようとしていると、少し年をとった女性とその娘がヒンディー語で何やら話している。意味はわからなくとも、私のことについて話してるようだった。「見てあのジャパンニーズ、こんなに寒いってのに毛布も寝袋も持たず、しかもあんな寒そうな服で寝ようとしているわよ。」「あらほんとに馬鹿ねぇ。なにか毛布を分けてあげましょうよ」「でもそしたら私たちが寒くなっちゃうわー」たぶんこんなことを話していたんだと思う。あまりにも不憫だったのか、これを使いなさいと毛布を一枚貸してくれた。私はただサンキューサンキューと何度も御礼を言った。その出来事で私は救われた気がした。
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by namazucco | 2008-03-01 03:08 | journey | Comments(2)
07 FEB 2008_01
c0131999_015970.jpgニューデリー駅へ向かう中、何十人のインド人に話しかけられただろうか。立ち止まってもただ歩いていてもぜったいに奴らは近寄ってくる。リキシャ、物乞い、お土産屋の客引き、写真撮ったら金よこせと言う奴、ガンジャの売人、「僕のはビックサイズだよ。試してみる??」と言ってくる奴。私の英語能力が低いからか、どいつもこいつもしつこく付きまとう。立ち止まると何人ものインド人に囲まれるのでは?と不安がり地球の歩き方を広げることも、立ち止まって写真を撮る事もせず、ただ歩き駅を探した。歩きながら自分がすごく恐怖という感情に包まれていることに気づく。このような恐怖はいままで体験したことがなかった。けっこう何事にも動じない性格(ただの阿呆ってこと)だから、そんな怖がってる自分が新鮮でオモシロいと思ったけど、やっぱりそんなことより怖いという感情の方が大きい。
やっと駅について一安心と思ったら今度は入場料払えとおっさん言う。言い争いになりさすがにぶちギレて日本語で怒鳴り散らした。今でもすごく後悔してることはこの時非暴力のガンジーの国でそのおっさんを何度か叩いてしまったことだ。泣きたかった。
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by namazucco | 2008-03-01 00:03 | journey | Comments(2)
06 FEB 2008
空港に早く着きすぎた私は携帯電話で日記を書いた。これが最後の日記になってしまうかもしれない...と弱気だった。吞気に日記など書いていたらなんと飛行機の出発時刻が予定より30分も早まっており、ゲートまですこし走るはめに。ヒーヒーゼェゼェと大荷物を抱えたインド人女性を追い越そうとしたとき英語でなにやら話しかけられた。
女「あなたもエアインディアの飛行機?」
私「yes!あんたもそうかい?急ごう!」
女「あのさ、この荷物一つ持ってくんない?」
私「・・・ぉお、オーケー...」
しょうがなく持った。軽いかと思われたスヌーピーのでかいぬいぐるみが頭をだしたユニバーサルスタジオの袋は意外と重い。思えばそれが私の卒業旅行でのインド人とのファーストコンタクト(?)だった。

飛行機に乗って、気づくと寝ていた。いつ飛行機が飛びだしたのかもわからない。しかし、飲み物や食事やおやつの時間だけはなぜかシャキリと目を覚ます。後は寝てるか、地球の歩き方を読んでいるかだった。サリーを着たキャビンアテンダントに何か飲み物いるか?と聞かれ「コークプリーズ!」と言った私に出てきたのは水だった...。英語が喋れない私だが、ここまでひどかったとは!c0131999_12353983.jpgヌムネムしながら考えてみる。なぜインドなのか? ...ようわからん。私はインドに憧れて「インド行きたい」とすっとボヤいてきた。小林紀晴、藤原新也、椎名誠、沢木耕太郎、中谷美紀等、インドと書いてある旅行記もそれなりに読んできたけどぜんぜん内容を覚えていないし(中谷美紀の本がつまらなかったのは覚えているが)インドについて知っている知識はほとんどない。カレー、ヒンドゥー教、ガンジス川.......やっぱりカレー??というような感じで地理を勉強しているであろう中学生よりもひどいレベル。こんなことではインドを愛し、旅をしている人達に大目玉をくらいそうだ。
そんなことを考えまたウトウトしているといつのまにやらデリーに着いた。飛行機をおりる。きっとムッと暑くて、スパイシーな匂いがするんだろうなと思っていたのが大間違い。スパイシーな香りなどしないし、とにかく寒い!インドっにも寒さがあるのか!!私半袖しか持ってきてないけど!!!
今回は空港からの送迎を日本から予約していった。車に乗り、ニューデリー駅近くのパハールガンジストリートを目指してもらう。運転が荒い、クラクションが鳴り止むこともない、横の車との車間距離約20センチ。そしてドライバーは英語が私以上に喋れなかった。いきなり交通事故で死ぬのかなと地獄のドライブ約一時間。適当に決めた宿、300Rs.(約900円)は高いけど、夜に登山バック背負ってフラフラするのは危険だからさっさとシャワー浴び、布団に入る。さっき会った今日日本に帰るという日本人男性は下痢で苦しみながら「俺インド大嫌いです。もう二度と来ません」と言っていた。下のロビーでボスがテレビを見ている。テレビの音と、それを見てゲラゲラわらうボスの声でなかなか寝付けなかった。

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by namazucco | 2008-02-27 12:30 | journey | Comments(2)
旅の写真
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旅の写真がでけた。カメラのトミーから借りたおもちゃのカメラ。慣れないにしてもなんじゃこらー!という写真だらけ。ピントも露出も合っていないよ奥さん!
帰ったら珍道中日記書くべさっと思っていたんだけど、がっつり書かずにちょいちょい書こうと思う。ということで何日か卒業旅行のお話が続きます。
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by namazucco | 2008-02-25 03:30 | journey | Comments(0)



絵を描く鯰の日記
by namazucco
鯰 エリコ
かなりのマイペースで絵を描いています。

HP:Namazu Drawing
twitter:namazuDerick
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