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てんや革命
“てんや”って知っていますか??吉野家とか松屋とかそういう感じの天丼屋さんのチェーン店なのですが、私はこの“てんや”に22歳、遅めのデビューを果たし、「天丼ってこんなに美味しいんだ!しかも安い!うわ〜」っといたく感動し、それから月に1回は必ず食べに行く。行って注文するのは、小天丼&小うどん(温)のセットでそれ以外のメニューは頼んだことがない.

2013年12月17日、1時間半の残業で自宅最寄り駅に着いたのは21時。中途半端な残業。雨が降っていて、とても寒い。すごく腹が減っている。こんな時は私が私に言うのだ「よし、こんな日は“てんや”に行こう」と。
通い慣れたてんや某支店。
いつもいるベテラン女性店員が甲高い声で「いらっしゃいませぇ〜」と迎えてくれる。「こちらのテーブルへどうぞ」と突き出された手の指は上品に揃えられており、一番奧の席をさしている。私が座ると満席であった。バタバタとしており忙しいようだった。

メニューは見ない。決まっているから。
そのベテラン女性の他に、いつも見かける金髪の男性店員と、初めて見る新人女の子2人が目に入った。天ぷらを揚げているのはいつもの太っちょさんと小豚さんの2人コンビだった。

ベテラン女性店員が混雑した店内で、私達“客”には高くてよく通って感じの良い声を出し、新人女の子2人には「そっちじゃない」「ちょっと待って」「これ○番に持ってって」「それ終わったら、○番テーブル拭く!」と大きく強くキツい声で指導していた。そのベテラン女性店員の声の切り替え感じが方がなんか嫌だった。仕事なのでしょうがないのはわかるが、“大人の象徴”のようで、なんでか居心地が悪い。ベテラン女性の存在は新人ちゃんの“純朴さ”や“若さ”やティーンネイジャーの持つ永遠の輝きを脅かすような存在に思えてしかたなかった。

新人2人組はまだ幼く、少女であった。高校生くらいだろうか、2人共おかっぱ頭で、まゆげが太くて、中肉中背で同じような背格好をしていた。そのうち1人は眼鏡だった。とても似た2人の新人ちゃんをみていると、きっと大親友で、一緒にアルバイトをして卒業旅行にでもいくつもりなんだろう。きっとそうに違いない!と勝手に想像する。彼女達はベテラン女性店員にキツく言われるがままに、お茶を運んだり、テーブルを拭いたり、天丼を運んだり、食器をさげたりと嫌な顔ひとつもせずに、というより、楽しそうに、とても一生懸命に働いていた。しかし、まだお客さんから注文を受けることはまださせてもらえないようだった。

混雑した店の中で、なかなか注文ができないでいる私はただ呆然と観察する。ベテラン女性店員も新人指導と満席の忙しさで私のことなど気付いていないようだったので、新人の眼鏡ちゃんが隣の席を片付けに来た際に、「すいません。注文いいですか?」と声をかけると笑顔で嬉しそうに早足でこちらに駆けつけ、「はい、ご注文どうぞ!!」と目をキラキラと輝かせながら楽しそうに言った。私はいつものように「小天丼と小うどんの温かいやつセットでください」っと言うと、新人ちゃんは「注文まだ慣れてないんです」と照れて嬉しそうに言いながら、慣れないハンディで
「こてん丼 ....っと、こここ、小うど ....ん、温かい方...ですね、、、えーと、小てん...丼、と、小う...う...うど...、あ、あった!小うどんですよね...。ご注文繰り返させてもらいます、小天丼と温かい小うどんでよろしいですか?」
私「はい」
新人ちゃん「もう一度ご注文繰り返します。小天丼と温かい小うどんでよろしいですか?」
私「はい」
新人ちゃん「念のためもう一度ご注文繰り返させてもらいます。小天丼と温かい小うどんですね?」
私「はい。それです。」
新人ちゃん「ご注文承りました」
そう満面の笑みで言った後、ハンディをポチりと押す。
店内に注文が入った時の電子音が鳴る。
そして、彼女は他の店員に注文が入ったことを知らせるために歌うように踊るように発した。

「小天丼、小うどん、かけです!」

と。
それをベテラン女性店員が甲高いよく通る声で復唱した。
他の店員は「うぃ〜」と返事をしながら新人眼鏡ちゃんに目で合図をしているようだった。新人眼鏡ちゃんの注文確認に金髪も、厨房の太っちょも、小豚も祝い喜んでいるかの表情だった。そして大親友のもう1人の新人ちゃんは、そりゃあもう嬉しそうに、だけど、負けてはられるものですかというような表情を作って、眼鏡ちゃんに目で訴えていた。眼鏡ちゃんは本当にうれしそうだった。ベテラン女性店員はみんなのそのようなやりとりに気付いていないようだった。

そんなやりとりを見ながら私はひどく心が揺さぶられていた。
彼女の言った「小天丼、小うどん、かけです!」の響き。
私は聞いた。感じたのだ。
まるで魔法のような、詩のような、魂のような言葉だった。
なんという純粋さだろうと、その美しい音色に涙が出そうになるのを必死にこらえる。
てんやに来る度に何度も何度も聞いてきた、この義務的な、無感情な、なんでもない言葉がこんな意味を持ち、美しい響きを持つことができるなどと考えたこともなかった。

新人ちゃん2人は終始輝いていた。それは永遠みたい。
彼女達は、今、働く事に楽しみを見いだしている。
働いてお金を稼げる自由を喜んでいる。
なんたる輝きだろう。
少女達よ永遠なれ。
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by namazucco | 2013-12-19 00:33 | life | Comments(0)
「思った」とか「感じた」とか幼稚な日記
11月16日
中学高校の同級生のスズキは現在ベルギーで調理師として働いている。別に東京にいたってそんなに頻繁に会う訳でもないけど、彼女の不在はやはり寂しい。
ビザ関係で一時帰国のスズキ、おなじみのキムとIも集合。なにも気取らず恐れず無理せずいれる関係ってなんて素敵なんだろう。変な顔したり、変な声出したり、下ネタ言ったり、カイヤのモノマネしたり、なんて愉快なんだろう。とても安心した。そしてありがとうと感謝できた。「恋するフォーチュンクッキー」という歌を初めて聞いた。けっこういいなって思った。

11月22日
やっさんの展示を見に学芸大学モノグラムへ。
何年か前に初めて見たやっさんの写真は、「小さい正方形の中で、世界が凝縮されている」そんな感じで“切り取る”や、“収める”と言った言葉がぴったりな写真らしい写真だと思った。ここ最近のやっさんの写真は、少しずつ変わっていっている。額縁の中、四角い紙の中で写真は広がっていってる(言葉にすると、変な感じだな)。そんなあり方が、絵画的であると思った。「額縁がとても素敵でいいなぁ〜。この額縁いくらするんだろう?とても高そうだな〜」と下世話なことも思った。

同じく11月22日。
ヒサヨちゃんが「懐かしい写真が出てきたよ」と言って、私が写っている写真をくれた。3年前の高円寺での個展の時に撮ってくれた写真だった。今よりもだいぶ髪は短く、少しむくんでいて、そして眠そうで、だけどはにかんだような優しい顔をしていた。私もこんなに優しい顔できるんだあって思って「なんか私可愛いね〜」とバカみたいに声に出して言った。ヒサヨちゃんが撮った3年前の写真。タイムカプセルみたいで嬉しかった。
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by namazucco | 2013-11-28 00:38 | life | Comments(0)
私の窓をあけましょう
風通しについて考えている。
それは私自身の風通しについてであり、「私の風通しがなんだか悪いな。」と思ったから、どのようにしたら風通しが良くなるか考えているのだった。“私”の“風通し”が“悪い”ということは“どういうことか”と聞かれたら、感覚的なことなので上手に説明はできないのだけど、巡りというか、流れというか...そういう循環するものが滞っているという状態である。
今、私がまさにそういう状態であるということは十分によくわかっているのだけれど、私の風通しをよくする方法が皆目見当がつかないので困って呆れて、ポカンとしている。これが会社のオフィスや自宅の寝室であれば、窓を空ける、換気扇を回す、空気清浄機をフル稼働させるなど、方法は明解だが、しかし“私の風通し”はどのようにしたら良くなるのだろう?「さぁ、心の窓を開け放つのよ!怖がらないで!さぁ」と呼びかけるか、「誰か私のドアを開けてくれないかしら」と8秒に一回呟きながら街を練り歩けばいいのか。とにかく妙ちくりんなことばかりが頭に浮かんでは消える。

あ、今まさに日記を書いているこの瞬間に8年前に見たオノヨーコの展示の「私たちはみんな水」という展示を思い出して、心が震えてる。8年前は「ヨーコ、現代美術ってわかんないし、ヨーコの考えてることもわからないよ。。。」と展示を見てもちんぷんかんぷんだったのに、今あの展示がとても染みる。こういう感覚、厄介だけどとても好き。
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by namazucco | 2013-10-24 23:44 | life | Comments(0)
幸福は退屈
今、私は落ち着いて暮らせています。
働くことはやはり大変だけど、それでも仕事に楽しさを見いだしたり。
孤独を考えながら、なんて穏やかなんだろうと考えたり。
体調は少し悪いけど、
これは「幸せ」と言ってしまっていいんだと思う。

だけど、とっても退屈。こんな生活飽き飽きだ。うをー。息が詰まって来た。
変わらなきゃいけない。変えなきゃいけない。というのはわかっていて
その手段や方法も、わかってはいるのだけど
1人は楽しい。誰にも会いたくない。
だって「幸せ」なんだもの。心地いいんだもの。とまたまたお得意の怠惰を働く。

憧れること。それは「変わること」「変わり続ける事」
恐れている事。「知らない間に、すっかりと変わってしまうこと」
意識と無意識を考える。

こんにゃろめ!
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by namazucco | 2013-10-09 23:39 | life | Comments(0)
9月1日のブルース
なんてことだ。話が違うではないか。だって9月なのに「これでは夏ではないか」と怒るでもなく、喜ぶでもなく、ただただ「これでは夏ではないか」と言いたくなってしまうのだ。こちらは9月の気分で街に出たのに、あまりにも街が夏だったからびっくりしてしまったのだった。しかも生粋の夏だ。生半可な夏ではない。この高円寺の街の隅々、余すことなく夏だった。夏が飽和していた。たとえば初秋めいた部屋でも、窓を明けたら、とたんに夏が侵入してきて一瞬でその部屋も夏で満たされてしまうという具合に、隅々まで、均等に夏があったので、ただただ私は「これでは夏ではないか」と言いたくなったのだ。
「これでは夏ではないか。まったく。夏だよ。すっかり、ごろっと、まるっと夏だよ。まったく」
などどぶつぶつ呟いてきながら小さい商店街を歩いていると、クリーム色のポルシェがゆっくりと、だけども音だけは一丁前にブルンブルンといううるさくも美しいエンジン音を言わせて、控えめでかわいいこの商店街を通り抜けた。そうするとあたりの夏に歪みが生じたのだけど、それは本当に一瞬で、クリーム色のポルシェなんかなかったかのように、街はならされ、余すことなく夏になった。夏が飽和していた。
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by namazucco | 2013-09-13 00:54 | life | Comments(2)
イエロー×××
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酔っぱらって人が楽しそうにしているのが羨ましくて、私もあのように、恥じらいや、くっだらない自尊心や、なにか相手の顔色をみながら話すことや、退屈な表情をとっぱらいたい。私も弾けてみたい。あのカタマリとおんなじになりたい。そのように切に願いながらウーロンハイだのコークハイだのをたくさん飲んでみても、ただ意識が朦朧として、ロレツが回らなくなるだけでまったくハイにはなれないのだった。「自分がなくなる」「我を忘れる」ってそんなことがあったりするんだろうかねと、私はたまに酔っ払い達が羨ましくなるのですが、その酔っ払い達に「自分がなくなる」という現象が起こっているのかどうか、本当の所は、酔っ払いにしかわからないのであるよね。とも思うのです。
結局ハイになれないまま朝がきたのか、気付いたら自宅の便器を抱いてた。溢れる吐瀉物、鼻からも。苦しいそして痛い、そしてそして不快。情けない。あぁ情けない。
泣きながらゲエしながらずっとずっと忘れていたけど小学校の頃に朗読した谷川俊太郎さんの「生きる」という詩を思い出した。泣きながら、吐きながら、頭で唱えた。
生きているということ
いま生きているということ

それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス

すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと


そして次の夜。部屋で1人、キウイを剥きながらその濡れたキウイの断面のいやらしさに私はほんとうに少し、少しだけ、本当に微々たるもんだけど、ハイになった。 このハイを、大切にしよう。そう思う夜であります。

先日ライブハウスで出会った曲。アルフレッドビーチサンダルって名前がいいよね。
Alfred Beach Sandal-キャンピングカーイズデッド(YOUTUBE)
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by namazucco | 2013-06-30 23:59 | life | Comments(0)
西瓜心中
c0131999_5383923.jpg最近、写真を“みる”ことがどうも苦手であーる。
写真というのはいったいなんなんだろう。写真が説明的であってはならないし、写真について説明することもいけないことのようだ。そして写真をみる側も、写真について求めすぎてはいけないし、写っているものに固執しすぎるのもよくない。みる側もその写真に歩み寄ることができなければ、写真とみる人との間に何も起こらない。
そんな話はさておきこの上のくだらなくて下品な写真をみて欲しい。今日はこの写真について、この写真を撮るまでを説明したい。

この写真を撮った日、6月の後半のある水曜日。
仕事がダメで、というか仕事はエブリデイ ブー!なので相変わらずの平日の風景なのであるが、とにかく6月ということもあり、最低最悪な気分で、少しの残業を終え、電車に乗っても私の耳のすぐ横で携帯電話をカタカタカタカタと高速親指連打する女と、湿気でドロドロのおっさんとかいっぱいで更に憂鬱で、頭は痛いしお尻は大きいし、嫌になっちまって。あ!そうだ!新宿に用事があったんだ面倒臭いなと途中下車し、用事を住ませ、再び電車を待つ。電車来る。あれ?なんか変だ?と違和感。
「あ、これ行き先『東京』じゃん。これまた家と逆方向に戻っちゃうよ。でも今日は珍しく乗車前に気付いた!やたー!最近こんな間違いばっかりで目的地と違う場所行ってばかりで落ち込んでたのだけど、こんな阿呆でも成長するんだな」
と少し嬉しく思い、階段上がって隣りのホームのいつもの電車に乗る。

なんか食べようってんでスーパーに入った。
入り口付近に怖いくらい赤く大きい文字で「398円!」と書かれた残りわずか3つの1/4に切られたスイカに目を奪われる。2分か3分ほどスイカが燃えるのではないかというくらい熱心に眺め(ほぼ水分でできてるようなスイカが燃えるて!?)、スイカを大事に大事にスーパーのカゴへ入れる。その後は長芋とトマトとレタスと豆乳を、おまいらなんか興味ないわ!という早さでカゴにいれてレジを終える。

家に帰ってスイカをそうっと冷蔵庫にいれた。
食事というか、飯、というかもうこれ餌だよね?という悲しくも喜楽な独り餌タイム。しかし、今日はいつもの俺とは違うぜ。今日のメインディッシュはおスイカ。西の瓜と書いて西瓜!だがな、ここですぐ食べたりはしないのさ。きっとまだ冷えていないだろ?
浴槽に湯を溜めて、しゅわしゅわする入浴剤いれて、手塚治虫の「どろろ」読みながら入浴す。生きて行くために。少しでも体から痛みを取り除く為に、ロングバスタイムはマストなのである。風呂は命の洗濯なのである。

そして時は来た。
ダイナミックかつロマンチックに湯船から出て、体拭いて髪乾かしてパジャマ着て。冷蔵庫から冷えたスイカを取り出し、大きめの包丁で百鬼丸になった気分で切る。あぁなんてみずみずしいのだ。ショウタ君にもらったお気に入りの皿にスイカをのせる。あぁスイカのシルエットぞ、なんと美しいのだ。そして塩。お塩である。なんてことのない塩であるが、この塩の入れもんは西荻の古道具屋で買った入れもんで、お気に入りの入れもんなのだが、この悪しき6月の湿気で一つしかない塩の出口に塩がくっついてなんともお塩さんが出にくそうであるので、蓋を外し、その出口をティシューで掃除、そして蓋を戻す。さあさあ、いよいよメインディッシュの時間。

ちゃぶ台の上のスイカを眺めて一呼吸。
子供の頃、憧れていた志村けん風に豪快&瞬間的にいったろかと思ったけど、今日はゆっくり味わうのだぜ。まずは塩をかけずに、鋭角なのか、それとも鈍角なのか、スイカのセクシーな“とんがり”部分をひと口あむり。じゅるり。全身に夏がほとばしる。OH マイ スイート ヲォーター メロン!なんて美味しいんだ。なんて素敵なんだ。なんて甘いんだ。なんて赤いんだ。
さて、お塩の出番である。先ほどのひと口目の歯形の残ったそのくぼみに塩をかけよう。ずっとそのようにスイカを食べてきた。幼少からそうだった。ひと口食べては塩をフリフリ、またひと口食べては塩をパラパラ。「塩かけ過ぎや」と母に怒られながら塩をスリスリ。そうやっていつも食べてきただろう。あー、お塩を利かせたらきっともっともっと最高に美味しいはず!

私は塩を持ち上げる。
そのくぼみめがけて塩を振る。
カチャっ
スズ ーーっ
ボテっ
スサーーーーーーーーーーーーーーーー
と塩の蓋がはずれ、塩が流れ、スイカ倒れ、それでも塩は永遠と倒れたスイカの上へ流れ続けた。その時間コンマ何秒の出来事。慌てて塩持った手首をクイっと元に戻すも時既に遅し。あっけにとられ、動くことも出来ず、呆れ果て、途方に暮れ、そんで、パシャリと写真撮って、あははーと笑ってみた。そして何故か私の脳内ではアンルイスの 六本木心中が流れていた。
だけどこころなんて〜お天気で変わるのさ〜
長いマツゲが卑猥ねあなた〜

ここまで長い事書いたのがこの写真を撮るまでの経緯である。実にくだらない話だし、実にくだらない写真だとあなた方は言うだろう。だけど私にはとっても悲しい出来事であり、とっても意味のある写真なのだ。誰かの大切にしている空の写真に匹敵し、誰かの大切にしている恋人の写真にも匹敵するだろう。言いたいことはただそれだけ。半分本気、半分以上冗談。この話はおしまい。

その後、貧乏性の私は皿の上の塩をかき集め別の瓶に入れ、スイカは洗って食べました。半べそかきながら。それでもとても美味しかったです。塩の蓋はしっかりとしめましょう。

This Must Be The Place (by movie)(YOUTUBE)
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by namazucco | 2013-06-23 04:58 | life | Comments(0)
ミサイルとめんちょ
日付変わって4月11日夜中2時を過ぎた頃にたまたま「夜中の2時」という曲を聞いて、「なんなのなんなの!気が狂いそうだよ〜」と思ったが、明日も仕事がありますしと電気を消して布団に潜り込み、ひとつの湯たんぽを太股ではさみ、もうひとつの湯たんぽを抱きしめて、今日のくっだらない出来事を反芻す。
するとゴォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!という飛行機が飛ぶ様な、掃除機が夜を吸い取るような、猛獣が吠えるような音が長い事してて、なんだろう。なんだろう。嫌だな〜怖いな〜なんだろう〜嫌だな〜嫌な予感しかしないな〜、あれ〜?これはもしやミサイルではないか?というヒラメキと共に、このくっだらないしみったれた、温もりといえば湯たんぽだけの、だけども愛しい私よ、さよーなら!そしてこれまで出会った人よ、大切な人達よ、愛するギター弾きよ、さようなら!と死ぬ覚悟を決め、ただただ死ぬかも死ぬかも死ぬかもと思うばかりで何もできず、だけどミサイルとやらはこの夜をどのように飛ぶのでしょう?と窓を乱暴に開け放してゴォォォォぉぉぉぉぉぉぉぉお!と音がなってる夜空見る、探す、ミサイルを探す、だけど見えたのは低く飛んでる飛行機で、それはそうか、さて寝ようと眠った。

翌朝、私の鼻のてっぺんに(それはてっぺんと呼ぶにはあまりに低くて小さい)ご立派なニキビ、そう、めんちょが出来ていた。やっぱり私死ぬのかな。って死なねーよ。でも。うん。そうか。あなたも私もいつかいなくなるのか。と思う4月12日夜中2時。もうすぐ3時。

三上寛ー夜中の2時(YOU TUBE)
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by namazucco | 2013-04-12 02:43 | life | Comments(0)
365!
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○めっちゃ村だし、森。
私の故郷はめさんこ田舎で、というかもう森で。しかも私の家の標高は1000m以上あり、見渡す限り木と山と空しかなく、テレビなんかフジテレビもテレ東もテレ朝も映らないのは当たり前で、とどめに「○○市」とか「○○町」とかでなく「○○村」という。村。村ですぞ奥さん。そう。言いたいことはただ一つ!私は村で育った。

○流行った遊び
たしかあれは小学校4年生の時、たぶん1995〜96年頃、小学校で流行った遊びを思い出した。小学校時代なんてたいがい「家に帰ったらどんなお菓子があるか」とか「どうやったら授業中に音を鳴らさずに屁をこけるか」というくだらんことこの上ないことばかり考えていて、毎日教師に「そんな下品な言葉使いやめなさい!女の子でしょ!」と怒鳴られたりひっぱたかれたり。そして私は今このように女性らしからぬ、お粗末で、だらしのない、だけども女々しくてヒステリックな半端な女になっちまったんう...
ってなんの話でしたっけ?
そうそう。流行った遊びの話ですね。小学4年の時に流行った遊びが
「さんびゃくろくじゅうご! っドっドっド!」
「さんびゃくろくじゅうご! っドっドっド!」
という上記の言葉をエンドレスに唱え、この「っドっドっド!」というリズムで頭を振る。いわゆるヘッドバンキングするのだが、この「っドっドっド!」の時に“いかに斬新な頭の振り方ができるか”を楽しむ遊びで、「さんびゃくろくじゅうご!」っていうのは「365日」のことであり、というかきっとそうだろう。それしか考えられないだろう。それ以上でもそれ以下でもないだろう。というか意味など考えた事もなくて、なんの歌だかもわからなくて、ただ誰かが歌って頭を振り出して、オモシロいからとみんな頭を振り出したのだ。今考えたら何が楽しくてあんなに頭を振る事に命をかけていたか分からぬが、とにかく誰もが訳わかってない状況でそんな遊びが流行ったのだ。

○ライブハウスにて
遠藤ミチロウさんがやってるM.J.Qというバンドのライブに行って、驚愕。
「さんびゃくろくじゅうご! さんびゃくろくじゅうご! さんびゃくろくじゅうご! さんびゃくろくじゅうご!」とあのミチロウ氏が歌っており、それはまさに、あの、その、小学校4年の時に流行ったアレのそのままで、私M.J.Qのライブは最近よく来てますけど、この曲初めて聞きますけど、スターリンとか全然知らないですけど、なんでかこの歌よく知ってます。知っています〜!と慣れた素振りで頭振る。その日知ったのだが、小4の時流行った遊びの元歌は日本の伝説のハードコアパンクバンド The Stalin の「365」という歌だったのだ。

○何故は英語で ホワイ?
しっかし不思議である。ろくにテレビも映らなければ、CDショップなんてもちろんない私達の「村」に、なんであの伝説的ハードコアパンクバンド The Stalin の曲が?そして17年越しにその曲と再会するなんて...いやいや、私の勘違いかもしれない。念のため弟にも確認してみようと弟のiPadでスターリンのyoutube見せると「これあれじゃん!小学校の時流行ったやつじゃん!」とひどく驚いてその後死ぬるくらい笑うておりました。この「さんびゃくろくじゅうご!」と言いながら頭を振る遊びは私達の村の小学校でのみ流行っていたのだろうか? ひょっとして全国的に流行っていたりしたのだろうか?しかしあんな何もない村で、奇跡的に10歳でスターリンに出会い、ヘドバンする喜びを知り、そのアホな小学4年生の時から17年経った今、自分が好きで見に行ったバンドのライブで偶然に再会し、“嬉しヘドバン”するなんて...。文章で書くには難しくて伝わりにくいけど、私の最近のハッと不思議体験でした。

The Stalin - 365(YOUTUBE)
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by namazucco | 2013-01-17 00:36 | life | Comments(2)
なんとなく日記
言葉って言葉にした瞬間に事実になるのね。
そうなのね〜と思ふ。「好きな芸能人は??」と聞かれる度に「誰もいねーよ」と内心思っていたのだがそれにしても毎回聞かれるし、誰もいないというのは「っけ!つまらん奴」と思われ都合が悪いので、そこそこ好きであった豊川悦司を好きな芸能人にしようと意気込んで自ら「トヨエツ大好きっちゃ〜!」と四方八方に言い散らかしていたらすっかりトヨエツのことが大好きになり、ついに誕生日にはトヨエツ(に成り済ました人)から花をもらえるにまでなった。

生きることって大変だわねぇ、奥さん。
勝手に生まれて、後はほどほどに食べて寝てればなんとなく生きていける訳だが、なんでったってこんなに大変なの奥さん。言ってしまえば歴史も法律も知らなくたっていい訳で、エクスペンシィブなお寿司やステーキをわざわざ食べなくたっていい訳で、キレイな洋服やアクセサリーも身につけなくたっていい訳で、わざわざ大枚はたいて旅行に行かなくたっていい訳で、そんなに長時間働かなくたっていい訳で。しかし煩悩。煩悩だね煩悩。見たい聞きたい触りたい感じたい。うん。それが大切だね。ははは。だけどそんな恐い顔して思い悩んでんのもアホらしい。だからたまに囁くの。テイク・ア・イージー。

自転車をこぐ。朝を夕を夜を抜ける。
タイヤと地面のこすれる音、街の匂い、強すぎず弱すぎず頬に感じる風。あぁ、自転車を発明した人よありがとう。と心から思う。
すんごく久しぶりに満員電車に乗った。外は寒いのに電車の中は蒸し暑いしすっぱ臭い。ぎゅうぎゅう押し合い、みんな同じ箱の中で険しかったり、だらしなかったり、退屈そうな表情を浮かべ密着し合う。そんな久々の体験になんでか違和感を覚えて私も同じような顔をしてることを恥ずかしく思う。ドアが開く。我が我がとみんな同時に出ようとするのでドアセンター付近にいる人はたくさんの人に挟まれて身動きとれずまったくスムーズではない。あぁあほらしい。とか思ってたらおっさんに「チッ」と舌打ちされメンチ切られて思いっきり肩に硬いバックをぶつけてから降りてった。そして私も「なんだい!」と苛つきながら下車す。こんな日常の積み重ねで人はどんどんストレスというものに蝕まれていくのだなと思うと東京は怖い町だよまったく。負は感染し、悪もまた伝染し、その負や悪も誰かさんに移って行くんだろう。きっとそうなんだろう?
そして自転車をこぐ。朝を抜ける。たまに車にクラクションを鳴らされるけど、ごめんなさい〜と舌を出してちゃける。自転車を発明した人よありがとう。気持ちのいい朝であります。
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by namazucco | 2012-04-29 08:45 | life | Comments(0)



絵を描く鯰の日記
by namazucco
鯰 エリコ
かなりのマイペースで絵を描いています。

HP:Namazu Drawing
twitter:namazuDerick
Tumblr:夜と踊る/DANCING WITH THE DARK

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