なんてことだ。話が違うではないか。だって9月なのに「これでは夏ではないか」と怒るでもなく、喜ぶでもなく、ただただ「これでは夏ではないか」と言いたくなってしまうのだ。こちらは9月の気分で街に出たのに、あまりにも街が夏だったからびっくりしてしまったのだった。しかも生粋の夏だ。生半可な夏ではない。この高円寺の街の隅々、余すことなく夏だった。夏が飽和していた。たとえば初秋めいた部屋でも、窓を明けたら、とたんに夏が侵入してきて一瞬でその部屋も夏で満たされてしまうという具合に、隅々まで、均等に夏があったので、ただただ私は「これでは夏ではないか」と言いたくなったのだ。
「これでは夏ではないか。まったく。夏だよ。すっかり、ごろっと、まるっと夏だよ。まったく」
などどぶつぶつ呟いてきながら小さい商店街を歩いていると、クリーム色のポルシェがゆっくりと、だけども音だけは一丁前にブルンブルンといううるさくも美しいエンジン音を言わせて、控えめでかわいいこの商店街を通り抜けた。そうするとあたりの夏に歪みが生じたのだけど、それは本当に一瞬で、クリーム色のポルシェなんかなかったかのように、街はならされ、余すことなく夏になった。夏が飽和していた。